1960年代の日本における自動車産業は、まだ乗用車が一般家庭に普及する前夜。実はこの時代、タクシー用途の車が販売の主力であり、その用途に応じた「小型車枠」の存在が自動車メーカーの車両設計に大きな影響を与えていました。この記事では、当時の制度や背景をひもときながら、クルマの全幅や全長の制限、そしてヒエラルキー的なデザイン思想についても解説します。
1960年代のタクシー需要と小型車優遇の背景
高度経済成長期の日本では、一般家庭に自家用車が普及する前に、タクシー業界が自動車の主な顧客層となっていました。1967年頃までは、乗用車よりもタクシー用途の自動車販売台数の方が多いという統計もあります。
そのため、メーカーはタクシー業界のニーズを意識した車両設計を行っており、税制面や法規制を踏まえた「小型車」枠の中で最大限の快適性や耐久性を追求していました。
当時の小型車規格:全長4m以下、全幅1.5m以下
1960年代の日本における「小型自動車」の定義は、全長4,000mm以下、全幅1,500mm以下、排気量1,500cc以下というものでした。この基準を満たすことで、自動車取得税や重量税、車検などにおいて軽減措置が取られていました。
この規格はタクシーにとっても維持費や導入コストを抑えるうえで大きなメリットとなり、各メーカーはこのサイズ内で車両開発を行う必要がありました。
国産車の設計思想と「クラス感」の演出
当時の国産車には、価格やサイズによって明確なヒエラルキーがありました。たとえば、日産サニー1000(B10型)は全幅1,490mm、トヨタカローラ1100(KE10型)は全幅1,480mmと、小型車枠ギリギリで設計されています。
一方で、より下位クラスとして設計されたパブリカ800は全幅1,385mm、ホンダS800は約1,400mmと、明らかに「下位モデル」としてのサイズ感が与えられていました。このような差別化は、価格帯や利用目的(庶民向けか業務用か)に応じて意図的に行われていたものです。
軽自動車の全幅は1,300mm前後が主流だった
同時代の軽自動車であるスバルサンバーやホンダTN360などは、全幅1,300mm以下で設計されており、タクシー用途ではなく商用・配送・農業用などに多く使われていました。これらの車は、小型車とは別の「軽自動車規格」によって制限されており、現在の基準(全幅1,480mm以下)とは大きく異なっていました。
たとえば、ホンダTN360は全幅1,295mm、スバルサンバー初代モデルは約1,290mmという設計で、街中の狭い路地や農道を想定していたことがうかがえます。
メーカーが小型車枠を重視した戦略的理由
当時は、小型車枠を超えると「普通車」として登録され、税負担や車検の頻度などが大きく増加しました。そのため、タクシー会社もできる限り小型車を採用したがる傾向があり、メーカー側もこの要望に応える形で開発を行っていました。
事実、トヨタはクラウンやコロナの一部モデルでも全幅を1,495mm程度に収めるなど、タクシー用途を強く意識していたといわれています。
まとめ|制度と市場が生んだ国産車の「設計の哲学」
1960年代のタクシー需要と小型車枠の制度は、日本のクルマづくりに大きな影響を与えていました。全幅1.5m以下という規制は、単なる法的制限以上に、車両ヒエラルキーや販売戦略、そして使われ方にまで及んでいました。
当時のクルマを知ることで、日本の自動車産業が制度と市場の狭間でいかに工夫を重ねてきたかが浮かび上がってきます。
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