「40年前はマークII程度でハイソカー扱いだったのか」「当時の日本は今より貧しかったのか」と疑問に思う人は少なくありません。現在では中型セダンは特別な存在ではない印象がありますが、1980年代前後は車の価値や家庭の経済事情が今とは大きく違いました。この記事では、当時のマークIIの位置付けと、日本の生活水準をわかりやすく整理します。
40年前のマークIIは本当にハイソカーだったのか
結論から言うと、当時のマークIIは現在の感覚よりもかなり上位の存在でした。
1980年代前半から後半にかけて、トヨタのマークII、チェイサー、クレスタは「ハイソカー」と呼ばれるジャンルの代表格でした。
| 車種例 | 当時のイメージ |
|---|---|
| カローラ・サニー | 一般的な大衆車 |
| マークII・クレスタ | 少し裕福な家庭や若手エリート層 |
| クラウン・セドリック | 高級車・役員車 |
現在の感覚でいう「普通のセダン」ではなく、「頑張って買う憧れの車」という位置付けでした。
ハイソカーとは何だったのか
「ハイソ」は「ハイソサエティ(High Society)」から来た言葉で、上流・都会的・洗練された生活イメージを意味していました。
車だけではなく、服装やライフスタイルも含めた流行の一種です。
例えば、テレビドラマではスーツ姿でマークIIやクレスタに乗る会社員が登場し、「成功した若手ビジネスマン」の象徴として描かれることもありました。
当時の日本はボンビーだったのか
「昔は貧しかった」と単純に言うと少し違います。
40年前の1980年代は、むしろ日本経済が大きく成長していた時代です。
ただし、現在とはお金の使い方や物価感覚が違いました。
- 一家に車1台が普通
- 家電は高価な耐久消費財
- ローンを組んで車を買う人も多い
- 車はステータス性が強かった
現在はスマホやサブスクなどに支出が分散していますが、当時は車や家電が生活の中心的な高額商品だったのです。
現在の感覚で比較するとわかりやすい
例えば現在で考えるなら、400万円〜600万円クラスのSUVやミニバンを若い会社員が所有しているイメージに近いかもしれません。
「持っている人は珍しくないが、誰でも簡単に買えるわけではない」という立ち位置です。
また、当時はカーナビもスマホもなく、エアバッグや安全装備も今ほど充実していませんでした。車そのものの豪華さよりも、「車を持つこと自体」の価値が高かった時代です。
なぜ今はマークII級が普通に感じるのか
現代では安全装備や快適装備が標準化され、軽自動車でも昔の高級車並みの機能を持っています。
さらに所得に対する車の価格感覚も変化しています。
そのため、昔のマークIIを見ると「これで高級?」と思う人もいますが、当時の時代背景では十分に憧れの対象でした。
まとめ
40年前のマークIIは、現在の感覚よりもかなり上のステータス車でした。ただし、それは日本が極端に貧しかったからではなく、車の価値や消費文化が今とは違っていたからです。
当時の日本は高度成長からバブル期へ向かう豊かな時代でもあり、「車を所有すること」が今以上に人生の成功や憧れを象徴していた時代だったと言えるでしょう。


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