「間違いだらけの車選び」は、カタログスペックだけでは分からない本音の評価や、メーカーに遠慮しない独自の視点が人気を集めた名シリーズでした。一方で、同じような切り口で「間違いだらけのバイク選び」や「スクーター選び」を期待した読者は少なくありません。しかし車の世界ほど定着しなかった背景には、市場規模やユーザー層、メディア構造の違いがありました。
車とバイクでは市場規模が大きく異なる
まず大きな理由として、車市場とバイク市場では読者人口そのものが違います。
車は家族利用、通勤、レジャーなど対象が広く、一般層まで含めると非常に大きな市場です。
| 比較項目 | 車 | バイク |
|---|---|---|
| 利用者層 | 幅広い | 趣味性が高い |
| 購入頻度 | 比較的高い | 車より少ない |
| 雑誌市場 | 大規模 | 限定的 |
| 実用需要 | 非常に大きい | 限定的 |
出版社側から見ると、車の比較本は多くの人が購入対象になりますが、バイクは対象読者が狭くなりやすい事情があります。
スクーターは趣味性より実用性が強かった
特にスクーターは「趣味で選ぶ乗り物」というより、「移動手段」としての役割が大きい時代が長くありました。
例えば50ccスクーターなら次のような理由で購入されるケースが多くありました。
- 通勤用
- 通学用
- 買い物用途
- 維持費重視
この場合、「操縦性の深い違い」「エンジンフィールの個性」などよりも、「燃費が良いか」「荷物が入るか」の方が重要になります。
車のように徹底比較する評論文化が育ちにくかった背景があります。
バイク雑誌はメーカーとの距離感も近かった
もう一つよく言われる理由として、バイク業界の規模があります。
市場が比較的小さいため、雑誌とメーカー、販売店との距離が近くなりやすい傾向がありました。
強い言葉で「これは駄目」「これは失敗作」と断定する評論は継続しにくい環境だったとも言われます。
もちろん実際には辛口レビューもありましたが、「間違いだらけの車選び」ほど独立した評論スタイルが定着しにくかった側面があります。
徳大寺さんの魅力は「車」ではなく視点だった
実は人気だったのは単なる車紹介ではありません。
徳大寺有恒さんの魅力は「メーカー発表をそのまま信じない」「数字だけでは語らない」「乗り手の感覚を重視する」という姿勢でした。
例えば「馬力は上がったが乗り味が悪くなった」「広くなったが運転がつまらなくなった」など、カタログには載らない部分を語る点が支持されていました。
バイクでも同様の評論家は存在しましたが、一人の人物がシリーズとして長期定着するほどの規模になりにくかったと考えられます。
今は紙媒体よりネットや動画へ移行している
もし現在「間違いだらけのバイク選び」を探すなら、紙の本よりもインターネットや動画の方が近いかもしれません。
最近は実際のオーナーによる長期レビューや、数千km走行後の評価なども見ることができます。
価格比較サイトだけでなく、実際の使用者の体験談を見ることで、昔の評論本に近い感覚を得られる場合もあります。
まとめ
「間違いだらけの車選び」のようなバイク版が少なかった理由には、市場規模の違い、スクーターの実用性、雑誌業界の構造など複数の要因がありました。
ただ、多くの読者が求めていたのは単なるスペック比較ではなく、「本音で語る乗り物評論」だったのかもしれません。
だからこそ今でも、カタログだけでは分からない感覚的なレビューに惹かれる人は多いのでしょう。


コメント