「水道水だけで車が走る」「蛇口がガソリンスタンドになる」——こうした夢のような話がYouTubeなどで話題になることがあります。中でも、トヨタが水を電気分解し、水素と酸素を生成して走行する車を開発しているという情報が拡散され、注目を集めています。しかし、科学的な視点、特にエネルギー保存則から見てそれは本当に可能なのでしょうか?
“水で走る車”とはどのようなコンセプトか
このような話でよく登場するのは、水を電気分解して水素と酸素に分解し、これらを再結合してエネルギーを得るという仕組みです。電気分解によって水から得た水素を使って燃料電池や内燃機関で走行するという構想です。
たとえば、車体に搭載した電気分解装置で水を水素に変え、その場で燃料として使用するという「オンデマンド水素生成型自動車」のようなモデルが理想として語られます。
エネルギー保存則から見た限界と問題点
エネルギー保存の法則により、「得られるエネルギーは投入エネルギー以上にはならない」ことが明確に定まっています。水を電気分解するには電気エネルギーが必要で、その電気はどこかから得なければなりません。
電気分解では、入力するエネルギーのうち約30〜50%が熱や損失として失われ、仮に分離した水素を再度燃料電池で使用した場合でも、その効率は高くて60%程度です。つまり、エネルギーのトータル効率は非常に低くなります。
実際の水素自動車はどう動いているのか
現在トヨタが市販している水素自動車「MIRAI(ミライ)」は、外部で製造された高圧水素ガスを充填して走行します。つまり、水素はあらかじめ専用施設で作られており、車内で電気分解を行っているわけではありません。
水素ステーションでは、水を電気分解または天然ガス改質によって水素を製造し、それを圧縮・冷却して自動車に供給します。車載電源だけで水を電気分解し走行する、という技術は現実的には商用化されていません。
「水で走る車」系情報の誤解と誇張に注意
インターネットで流布される“水だけで走る”車の話の多くは、エネルギー源としての水を誤認しているか、あるいは「外部からの電気供給」の存在を意図的に省略しています。
水はエネルギーを蓄えていないため、それ自体を燃料にすることはできません。水からエネルギーを得ようとするには、外部エネルギーによって水素を取り出す必要があるため、「水を燃料にして永久に走る車」という概念は、科学的には成立しません。
もし車内で水を電気分解するとどうなる?
仮に、車に大容量のバッテリーを積んで水を電気分解し、生成した水素で燃料電池を回してモーターを駆動する仕組みを構築した場合でも、回収できるエネルギーは投入した電力より少なくなるため、バッテリー走行の方が効率的です。
この構造はまるでバッテリーでバッテリーを充電しているような状態であり、エネルギー的な無駄が多すぎるため、実用性はきわめて低いといえます。
まとめ:水だけで走る車は今の技術では非現実的
「水だけで走る車」は魅力的な話に聞こえますが、科学的・技術的に見るとエネルギー保存則に反する誤解が含まれている場合がほとんどです。水素自動車であっても、水そのものを燃料として使うのではなく、あくまで事前に作られた水素を用いています。
夢のような技術にワクワクするのは良いことですが、現実に即した理解と技術的な裏付けがある情報をもとに判断することが、正しい未来への一歩になります。
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