なぜ昭和の若者はマークIIやクラウンに憧れたのか?“オヤジセダン人気”の時代背景を解説

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現在では若者向けの車といえばSUVやコンパクトカー、スポーツカーなどをイメージする人が多いですが、昭和から平成初期にかけては、マークII・チェイサー・クレスタ・セドリック・クラウンといった“大人向けセダン”が若者にも非常に人気でした。

現代の感覚だと、「なぜ若者がオッサンっぽいセダンに憧れていたのか?」と不思議に感じる人もいるでしょう。

しかし当時は、現在とはクルマ文化も価値観も大きく違っていました。この記事では、昭和時代に“オヤジセダン”が若者人気を集めた理由を、時代背景とともにわかりやすく解説します。

当時は「セダン=成功者のクルマ」だった

昭和の日本では、セダンは単なる移動手段ではなく、「大人の成功」を象徴する存在でした。

特にクラウンやセドリック、マークIIなどは以下のようなイメージを持たれていました。

  • 会社で出世した人が乗る
  • 社長や営業部長の車
  • 高級ホテルに似合う
  • 落ち着いた大人の象徴

つまり若者にとっては、“オッサン臭い車”ではなく、“カッコいい大人の車”だったのです。

今でいう高級SUVや輸入車に近いポジションだったとも言えます。

当時の若者は「背伸び文化」が強かった

昭和〜平成初期の若者文化には、「大人っぽさ」への憧れが強くありました。

例えば以下のような傾向があります。

  • 20代前半でもスーツ文化
  • 喫茶店やバー文化
  • 渋い腕時計や革靴への憧れ
  • 落ち着いたセダン人気

現在のように「若さ」や「カジュアルさ」を前面に出すより、“少し年上っぽい雰囲気”がカッコいいとされていた時代です。

そのため、若者がクラウンやマークIIに乗ることも、自然なステータス表現でした。

マークII三兄弟は実はかなりスポーティだった

「オヤジセダン」と言われがちなマークII・チェイサー・クレスタですが、実際にはスポーティ路線もかなり強い車でした。

特にツインカム24やGTツインターボなどは、当時の若者から高い人気がありました。

車種 特徴
チェイサー スポーティ寄り
マークII 高級感と走りのバランス
クレスタ ラグジュアリー志向

つまり見た目は落ち着いていても、中身は“速いスポーツセダン”という魅力がありました。

後にドリフト文化で人気化した理由もここにあります。

昭和は「セダンが主流」の時代だった

現在はSUVやミニバンが人気ですが、昭和〜平成初期はセダンがクルマ市場の中心でした。

ファミリーカーも営業車も高級車も基本はセダンです。

そのため、若者向けスポーツカー以外で「普通にカッコいい車」といえば、自然とセダンが選ばれていました。

今の感覚でいうと、「SUVが全部オッサン車か?」と言われると違うのと少し似ています。

中古の高級セダンが若者に人気だった理由

クラウンやセドリックは新車では高額でしたが、中古になると比較的手が届きやすくなりました。

そこで若者が中古で購入し、「ちょっと悪そう」「大人っぽい」雰囲気を楽しむ文化も生まれました。

特に以下のような改造文化が人気でした。

  • ローダウン
  • 深リムホイール
  • フルスモーク
  • ハイソカー仕様

これは後のVIPカー文化にも繋がっていきます。

CMの出演者がオジサンだった理由

当時のテレビCMでは、長嶋茂雄さんや山崎努さんなど、大人の男性が起用されることが多くありました。

これは若者向けではなかったのではなく、「大人の男への憧れ」を演出していた側面があります。

つまり若者は、「同世代感」よりも、「将来こうなりたい」という理想像を見ていたのです。

現在の高級腕時計や高級SUVの広告に近い感覚とも言えます。

昭和の若者は“老けていた”というより価値観が違った

よく「昭和の若者は老けていた」と言われますが、実際には価値観の違いが大きいです。

当時は「大人っぽい」「渋い」「貫禄がある」ことが魅力とされる文化でした。

そのため、今見ると渋すぎるセダンでも、当時の若者には“カッコいい大人の車”に見えていたのです。

まとめ

昭和時代にマークIIやクラウン、セドリックなどのセダンが若者人気を集めたのは、「オヤジ車だったから」ではなく、「成功した大人の象徴だったから」です。

また、当時はセダンが市場の中心であり、スポーティグレードや高級感への憧れも強く存在していました。

現在のSUV人気や高級輸入車人気と同じように、その時代ごとの“カッコよさ”が違っていたと言えるでしょう。

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